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東京高等裁判所 昭和54年(う)1948号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人Aを罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人中曽博之に支給した分の二分の一、同永井隆夫及び同貝塚一郎に支給した分の三分の一を、被告人Aの負担とする。

本件公訴事実中、被告人Aに対する各業務上横領の点について、同被告人は無罪。

被告人Bは無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人的場武治外三名共同作成名義の控訴趣意書及び同弁護人外五名共同作成名義の控訴趣意補充書に、右控訴趣意書に対する答弁は、検察官栗田啓二作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここに、これらを引用する。

控訴趣意第一について

一  第一点、第三点一、二、1について

所論は、要するに、原判示第一の事実につき、原審が、本位的訴因(以下「第一訴因」という。)と公訴事実の同一性のない予備的訴因(以下「第二訴因」という。)の追加変更を許可したのは違法であり、第二訴因について有罪判決をしたのは、審判の請求を受けた事件について判決せず、かつ、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるうえに、右訴因の追加変更の勧告と請求は、著しく時機に遅れ、裁判の公正を害し、被告人の防御権を侵害するもので、これを許可したのは訴訟手続の法令違反であり、また、第二訴因につき直接重要な証拠調べの請求をすべて却下して有罪判決をしたのは審理不尽の違法である、というのである。

記録によれば、被告人Aは、昭和四九年一〇月三〇日別紙第一訴因及び原判示第二の各業務上横領の事実で公訴を提起され、次いで、同年一一月二日原判示第三の業務上横領の事実で、更に、同月三〇日原判示第四の贈賄の事実で、それぞれ追起訴され、原審は、これらを併合審理のうえ、昭和五三年一二月四日第四〇回公判期日において弁論を終結し、昭和五四年一月三一日第四一回公判期日において判決言渡しの予定であったところ、同期日において職権で弁論を再開し、検察官に対し第一訴因を維持するか否か釈明し、これらに対する弁護人の異議申立を棄却し、同年二月二三日第四二回公判期日において、検察官の同月九日付訴因追加請求書に基づく別紙第二訴因の予備的追加を許可し、同年三月二〇日第四三回公判期日において、弁護人の右許可決定に対する異議申立を却下し、弁護人のした第二訴因防御のための証人C、同D、同E子の各申請をすべて却下し、同年五月一八日第四四回公判期日において、弁護人の申請による被告人Aの質問を実施して、弁論を終結し、同年六月二七日第四五回公判期日において、第二訴因につき原判示第一の業務上横領の事実を認定した判決の言渡しをしたことが明らかである。

そこで、第一訴因並びにこれに関する冒頭陳述と第二訴因とを対比検討すると、本件は、全国販売農業協同組合連合会(以下「全販連」という。)養鶏部長として、マレックワクチンの販売代金の一部を簿外資金として管理運用していた被告人Aが、右簿外資金として、三菱銀行大手町支店のA'名義の普通預金口座(以下「A'名義口座」ともいう。)に、合計三一三万四、一三四円を預金し、全販連のため業務上保管中、昭和四六年七月初めころ全販連の下部組織である兵庫県経済農業協同組合連合会(以下「兵庫県経済連」という。)畜産部長Cから二〇〇万円の送金依頼があった際、右預金のうちから二〇〇万円を同人に送金し、これを自己あてに送り返してもらって自己の借金の返済資金に充てようと考え、同人に対し、「私も個人的に使いたい金もあるので、一応私の分として一五〇万ないし一六〇万円余計に送金するから、着いたら直ぐに私の口座に振り込んでくれ。」と頼み、「合せて四〇〇万円送る。」と伝えたうえ、同年七月八日ころ、情を知らないDを介して、右預金のうちから二〇〇万円を、右Cが管理する三和銀行神戸支店C'名義普通預金口座(以下「C'名義口座」ともいう。)に振替送金し(第二訴因)、右Cは、同月一四日ころ、かねて右簿外資金の運用として同被告人から送金されていた二二〇万円を右C'名義口座から引き出し、小切手七通としてこれを同被告人に返戻し、同被告人が全販連のため業務上保管中、このうち小切手五通額面合計一八〇万円を、そのころ、東京都内において自己の用途に充てるため着服した(第一訴因)という事案にかかるものであり、簿外資金の近接した一連の流れのうち、どの段階の領得行為をとらえて業務上横領罪の成立を認めるかという問題であって、一方が有罪になれば他方はその不可罰的な準備行為又は事後行為として不処罰となる関係にあり、両立し難く、その間基本的事実関係の同一を肯認することができるから、両訴因は公訴事実の同一性を有すると認められる。したがって、訴因の追加変更を許可し、第二訴因について有罪判決をした原審の措置には、何ら違法はない。

次に、右訴因の追加変更は、著しく時機に遅れたものというほかないが、未だ被告人の防御を著しく困難にし、手続の適正を害するものとは認められず、これを許可した原審の措置は違法とはいえない。

更に、同被告人が同年七月八日ころ、自己の用途に供する目的で、情を知らないDを介してA'名義口座からC'名義口座へ二〇〇万円振替送金したとの第二訴因の事実は、すでに冒頭陳述で詳細に主張されていたところであり、弁護人が、第二訴因防御のためとして申請した証人C、同D、同E子は、右の点に関しても尋問済みであったのであるから、この点については改めて被告人Aの質問を許すだけで十分であるとして、右三名の証人申請を却下した原審の措置は、必ずしも是認し得ないわけではなく、未だ審理不尽の違法があるとは認められない。

論旨はいずれも理由がない。

二  第二点について

所論は、要するに、原判示第一の事実につき、原判決には理由そご又は理由不備の違法がある、というのであるが、そのいうところは、結局原審の事実認定を論難するに帰するものであって、原判決には、所論のような理由そご又は理由不備の違法があるとは認められない。

論旨は理由がない。

三  第三点二、2について

所論は、要するに、原審は、原判示第一ないし第三の事実にかかわる根本問題(本件各金員は全販連の簿外資金か否か)について、全く審理をせず、そのために欠くことのできない弁護人の証拠調請求を不当に退けた点及び被告人らの権利と弁護権の重大な侵害を行った違法な証拠である捜査官に対する被告人らの供述調書を採用した点で、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、記録によれば、原審は、本件各金員が全販連の簿外資金であるか否かについて十分な審理を行っているのであって、所論指摘の手続を取り調べながらその作成者であるFの証人尋問をしなかったからといって、審理不尽の違法があるとはいえず、また、捜査官に所論指摘のような行為があったとしても、被告人らの供述調書が、重大な違法手続によって取得された証拠としてその証拠能力を失なうものとは解せられない。

論旨は理由がない。

四  第四点、第六点及び控訴趣意補充について

所論は、要するに、原判決が、A'名義口座の預金は被告人A個人のものであるのに、信用できないCの証言及び検察官に対する供述調書の各一部のみを採証法則に違反して措信するなどして、これを全販連の簿外資金と認定し、また、同被告人は、右Cの四〇〇万円送金方要請に応じて先ず二〇〇万円を送金したに過ぎないのに、信用性のない同被告人の捜査官に対する供述調書に依拠して、自己の用途に充てる目的で二〇〇万円を送金したと認定するなどして、原判示第一につき業務上横領罪の成立を認めたのは判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。

そこで、検討すると、原判決所掲の関係証拠及び当審における事実取調べの結果を総合すれば、被告人Aがマレックワクチンの開発・販売に関与し、その保管する販売代金をCに送金するに至った経過及び本件公訴事実をめぐる経緯は、次のとおりであると認められる。

(一)  被告人Aは、昭和四二年二月全販連養鶏部養鶏課長に就任し、昭和四五年二月同部副部長となり、同年一〇月二二日から昭和四七年三月三〇日までの間同部部長の職にあった。

(二)  昭和四二、三年ころから鶏の伝染病であるマレック病が関西地方を中心に流行し始め、有効な対策がないまま、全国にまん延し、関係者はその対策に苦慮していた。

(三)  このような状況下において、兵庫県経済連畜産部長の職にあったCは、昭和四三年暮ころ大阪大学微生物研究所教授Gにマレック病の研究を懇請する一方、昭和四四年初めころ、右研究を助成援助するため、兵庫県経済連及びその傘下の農業団体等の役職員を構成員として農協鶏病研究会(以下「鶏病研」という。)を発足させ、その後間もなく栃木県大田原市で開催された大阪管内経済連畜産部長会同の際、当時全販連養鶏部養鶏課長の職にあった被告人Aに、右の経過を説明して協力を要請した。

(四)  同被告人は、Cの右要請の趣旨を上司の養鶏部長Hに報告したところ、同部長から「君が中心になってやってくれ。」といわれ、G教授の研究を援助することになった。

(五)  G教授は、昭和四四年四月ころマレック病の研究に着手し、同年一〇月ころにはマレック病ウイルスの分離に成功するに至ったため、同年一一月大阪大学微生物研究所の助成団体である財団法人阪大微生物病研究会(以下「阪大微研」という。)は、同教授の分離したウイルスを貰い受け、香川県観音寺市所在の阪大微研観音寺研究所においてマレックワクチンの研究開発に着手し、同年暮ころには不活化ワクチンを試作し、昭和四五年五月ころには生ワクチンを開発し、被告人Aの指示により、全販連の協力の下にこれらのワクチンの実験を行ったが、ワクチンの効果が顕著であったところから、全販連傘下の種鶏場等において正規の実験と並行して実験名下にワクチンを接種使用し、成果をあげるに至った。

(六)  右ワクチンの受渡しには、全販連と阪大微研の間にCが介在し、全販連が必要量を同人に申し出、同人がこれを受けて阪大微研と連絡をとり、阪大微研観音寺研究所から直接あるいはCを経由して全販連の各支所や施設にワクチンを送付していたが、右ワクチンは未だ動物用医薬品として農林大臣の許可を受けておらず、無償で提供されていた。

(七)  マレックワクチンの実験段階にあった昭和四五年一二月ころ、当時全販連養鶏部長の職にあった被告人Aは、Cから、「ワクチンの研究開発について、関係者の慰労・接待など鶏病研の経費から出せない、個人的に使う金がいるから援助してもらいたい。ワクチンを送るから、それを売ってもらいたい。」旨の要請を受けて、これを了承し、上司にはかることなく、その一存で、Cから実験用ワクチンとは別に、マレックワクチンを送付してもらい、これを他に販売して資金を捻出することとした。そこで、Cは、そのころから、研究開発協力資金の財源として、阪大微研観音寺研究所からマレックワクチンを貰い受け、これを羽田空港どめにするなどして同被告人に送付するなどし、同被告人は、このようにして受け取ったマレックワクチンを株式会社東食(以下「東食」という。)に販売し、昭和四六年六月ころからは、これを東西産業貿易株式会社(以下「東西産業」という。)にも販売し、その販売代金は、同被告人が、全販連養鶏部養鶏課長Dに保管するよう指示し、全販連の経理を通さずに、同人が、昭和四五年一二月二六日第一勧業銀行有楽町支店に同人名義の普通預金口座を開設してこれに預金し、昭和四六年三月八日以降は、三菱銀行大手町支店に、架空のA'名義口座を開設して、これに預金して保管していた。

(八)  また、被告人Aは、同年二、三月ころ、当時オランダのデュファ社からワクチンの種を輸入してマレックワクチンの研究開発を進めていた共立商事株式会社(以下「共立商事」という。)の取締役業務部長岡本雄平から同社製造のマレックワクチンを見本などとして無償で貰い受け(一種の役得であるが、後に多額の謝礼が支払われている。)、これを阪大微研製のマレックワクチンと同様に東食に販売し、その販売代金も阪大微研製のワクチンの販売代金と同様、Dに指示し、全販連の経理を通さず、マレックワクチンの研究開発等に必要な費用等に充てる資金として、同人をして前記各預金口座に預金して保管させたが、右口座の預金の中心を占めるものは、阪大微研製ワクチンの販売代金であった。

(九)  そして、被告人Aは、Cからの要求のある都度、右預金から要求どおりの金員を払い戻してこれを同人に手交したり、DらをしてCの指定する三和銀行神戸支店のC'(Cの知合いの女性の子供)名義の口座に送金させるなどしていた。

(一〇)  Cは、右C'名義口座の預金を兵庫県経済連や鶏病研の関係者に秘密にし、その一存で、実験に協力してもらった種鶏場に対する損害補償費や、研究関係者に対する謝礼等に使っていた。

(一一)  昭和四六年五月ころ、東京都内上野所在の割烹旅館「山本」で、被告人A、C、G教授の三名が会合して宿泊した際、Cが被告人Aに対し、「ワクチンの製造許可も目鼻がついたので、関係者への謝礼などの締めくくりをしたい。必要なワクチンはまた送るので、四〇〇万円程送金して欲しい。」旨要請し、同被告人はこれを了承し、同年六月ころ、Cから、前同様阪大微研製のマレックワクチンが送付された。

(一二)  同年七月初めころ、Cから、「前に話をした四〇〇万円を送金してもらいたい。」旨の要請があり、被告人Aはこれを了承したが、A'名義口座の預金が不足していたため、同年七月八日、とりあえず、Dに指示して右口座の中から二〇〇万円をC'名義口座に振替送金させた(次いで、同月一九日残りの二〇〇万円を同様に振替送金させた)。

(一三)  Cは、同月一四日C'名義口座(当時の預金残高が九四万余円あり、右二〇〇万円の入金により二九四万円となった)から二二〇万円余りを引き出し、小切手七通(額面五〇万円二通、三〇万円二通、二〇万円三通、額面合計二二〇万円)とし、同日兵庫県経済連において、折柄関西出張していた被告人Aに対し、「二〇万円の小切手三通は同被告人、D及び被告人B(当時全販連東京支所畜産部養鶏課長)に対する謝礼として、三〇万円の小切手一通は特に世話になった謝礼として被告人Aに、三〇万円の小切手一通は打上げ会の費用として、五〇万円の小切手二通は、同被告人の関係での付合いの費用として、差し上げたい。」旨話して、これらを手渡した。

(一四)  被告人Aは、帰京後、右二〇万円の小切手二通はCからの謝礼としてDと被告人Bにそれぞれ手渡し、三〇万円の小切手一通は旧知のI子に渡してCとG教授の土産を買い揃えてもらい、その残金を同年八月七日羽田東急ホテルでした被告人A、C、G教授三名の打上げ会の費用に充て、残余の小切手四通額面合計一五〇万円を自己の借金の支払いに充てた。

以上の事実が認められる。

そこで、先ず、A'名義口座の預金が全販連の簿外資金と認められるか否かについて検討する。関係証拠によれば、全販連は、当時阪大微研のマレックワクチン開発支援の態勢をとり、前記鶏病研及び阪大微研に対し、相当の資金援助をしていたもので、Cから被告人Aに送付されて来た前記阪大微研製ワクチンは、全販連の業務の一環として、D、Jら全販連職員によって受領、保管、販売されたものであり、同被告人も、阪大微研製ワクチン完成の暁には、これを全販連で一手販売しようと目論み、広い意味では全販連のため部下職員にこれらの行為をさせたものであって、これらの面から見ると、原判決のいうように、その販売代金は全販連の所有に帰すると見られないでもないが、前記一連の事実関係からすると、右ワクチンは、Cが阪大微研観音寺研究所から個人的に貰い受けたものを、右ワクチンの研究開発のための隠し資金調達のため、その資金源として、全販連養鶏部長である被告人Aに個人的に送付するなどしてその自由処分に委ね、同被告人は、その地位を利用し、部下の職員を使って販売して金に換えたものであって、その販売代金は、両者間の個人的協力関係の所産というべきであり、同被告人の所有か、せいぜい同被告人とCとの共有に帰すると解する方が、むしろ事の真相にそう面のあることも否定できず、結局、右販売代金が全販連の所有に属すると認定することは困難である。また、共立商事製ワクチンは、先に見たように、同被告人が個人的に貰い受けたものであるから、その販売代金も右同様全販連の所有に帰すると認定することは困難である。したがって、A'名義口座の預金を全販連の簿外資金と認めることはできない。

次に、被告人Aが二〇〇万円を送付した際、自己の用途に供する目的があったと認められないことは、前に認定したところから明らかであり、また、A'名義口座から送金された金員からなるC'名義口座の預金はC個人に属し、同人が自由に処分できるものと見るほかなく、その中から、同人によって被告人Aに渡された前記小切手七通額面合計二二〇万円が全販連の簿外資金として返戻されたものといえないことも明らかである。

前記証拠中右認定に反する部分は信用できない。殊に、証人Cの原審及び当審供述並びに同人の検察官に対する各供述調書、証人K、同Jの原審各供述、証人Dの原審供述及び同人の検察官に対する各供述調書等は、その供述の如何によっては、被告人A同様業務上横領罪等に問われ兼ねない微妙な立場にあった者らの供述として、その評価には慎重な態度が必要であるが、原審の右各供述の取捨選択には合理性を認め難く、また、被告人Aの可法警察員及び検察官に対する各自白調書も、関係各証拠とそれらによって認められる前記一連の事実関係に照らして信用できないのである。

以上の次第で、第二訴因を認めるに足りる証拠はないから、これを有罪と認定した原判決は事実を誤認したものである。なお、第一訴因を認めることができないことも前記のとおりである。

論旨は理由がある。

控訴趣意第二について

第一点一ないし四について

所論は、要するに、原判決は、原判示第二、第三の各事実につき、第一勧業銀行大手町支店のA"名義口座の預金を全販連東京支所の簿外資金と認め、被告人両名に対して業務上横領罪の成立を認めたが、右預金は、被告人AがCから個人的に貰い受けたマレックワクチンを、被告人Bに与え、同被告人が個人的に売却した代金がその中心であり、そのほか、有効期限切れが切迫したため全販連が廃棄処分とした動物用医薬品を同被告人が貰い受けて売却した代金及び原判決も全販連の所有に属さないと認めた青木商店からの謝礼金が含まれており、いずれも同被告人の所有に属するものであって、原判決はこの点で事実を誤認しており、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、検討すると、原判決所掲の関係証拠及び当審における事実の取調べの結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和四六年初めころ、被告人Aは、前認定のように、Cから個人的に送付を受けた阪大微研製マレックワクチンを、当時全販連東京支所畜産部養鶏課長の職にあった被告人Bに対し、右事情を明らかにして、同被告人が、右ワクチンの野外試験等に多大の努力を払った労苦に対する慰労の趣旨で供与し、同被告人は、同課のLらにその情を明かし、現金決済・領収書なしで傘下の養鶏場に販売させ、その代金は、同被告人の指示により、Lがしばらく現金で保管していたが、同年二月二六日三菱銀行大手町支店に架空のA"名義で普通預金し、同年五月以降は第一勧業銀行大手町支店に変えた(この各口座を併せて以下「A"名義口座」という。)。

(二)  被告人Aは、同年夏ころ、共立商事のKから前認定のように個人的に貰い受けた共立商事製マレックワクチンを、その情を明かして、全販連東京支所養鶏課のマレックワクチン販売努力等に対し、同課員らを慰労する趣旨で被告人Bに供与し、同被告人は、右(一)同様これをLらに販売させ、同人がその販売代金をA"名義口座に預金した。

(三)  同預金の中心は、右(一)(二)のマレックワクチンの販売代金であったが、そのほか、次にのべるあかぎ薬品社長Mに売却した薬品代金約一〇〇万円、青木商店から貰った謝礼金三一万二、三二〇円(原判決が一四万五、五二〇円と認定しているのは誤りである。)が含まれていた。

(四)  あかぎ薬品社長に売却した薬品というのは、薬品の有効期限切れが切迫し、全販連の正常な商品として販売する価値を失ったため、全販連が廃棄処分にしたものを、被告人Bが、担当部長である被告人Aの了解を得て同課員らの薬品販売努力等に対する慰労の趣旨で貰い受けたものであり、これを、被告人Bが、部下のLらに、情を明かして、こん意な右社長東野昭久に売却したものである。

(五)  青木商店から貰った謝礼金というのは、同商店に対する鶏糞仕入先のあっせんを、同課の主だった者が業務外でしてやったことに対する謝礼金である。

(六)  A"名義口座の預金は、同課の交際費、慰労会・歓送迎会の費用等に使われていた。

ところで、関係証拠によれば、マレックワクチン及び廃棄処分済みの薬品の販売実務は、同課の課員によってその業務の一環として行われたことが認められ、これらの点からすると、右各販売代金には公的色彩が付着しており、原判決のように、これを全販連東京支所の所有に属すると見る余地もないとはいえないけれども、前記事実関係からすれば、マレックワクチン及び廃棄処分になった薬品は、被告人Bの自由処分に委ねられたものと考えられるのであって、その販売代金も、その使途の道義的制約はとも角として、法的にいえば、同被告人の所有かせいぜい同課職員の共有に属するものと解するのが相当であって、同支所の所有に属すると認めることはできない。そして、青木商店の謝礼金が全く私的なものであることは明らかであって、結局、A"名義口座の預金が全販連東京支所の簿外資金であると認定することはできないのである。したがって、これを同支所の簿外資金と認め、被告人両名につき業務上横領罪の成立を認めた原判決には、重大な事実の誤認がある。

論旨は理由がある。

控訴趣意第三について

所論は、要するに、原判決が、被告人Aに対し、原判示第四の事実につき、贈賄罪の成立を認めたのは、証拠の評価を誤り、事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決所掲の関係証拠を総合すれば、原審が、原判示第四において、被告人Aが、農林省畜産局衛生課長信藤謙蔵に対し、同人の職務に関し、現金一〇万円を供与した旨認定した措置は、優にこれを是認することができるのであって、右各証拠の評価に所論のような誤りはなく、所論指摘の信藤謙蔵の検察官に対する各供述調書及び被告人Aの司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の信用性について原判決が説示するところもすべて相当として是認することができる。

論旨は理由がない。

以上の次第で、原判決には、原判示第一ないし第三の各事実について事実の誤認があり、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、原判決は結局全部破棄を免れない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、被告事件につき更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人Aの罪となるべき事実は、原判示罪となる事実第四のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人Aの判示所為は昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九八条一項(一九七条一項前段)、罰金等臨時措置法三条一項一号(行為時においては昭和四七年法律六一号による改正前の同条項に、裁判時においては同法律による改正後の同条項に該当するので刑法六条、一〇条により軽い行為時法による。)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で同被告人を罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができない場合の労役場留置につき同法一八条、原審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を各適用して、主文二ないし四項のとおり判決する。

(被告人Aの一部無罪及び被告人Bの無罪の理由)

被告人Aに対する本件公訴事実中、別紙第一、第二訴因の業務上横領の事実及び被告人両名に対する業務上横領の各事実(昭和四九年一〇月三〇日付起訴状公訴事実第二及び同年一一月二日付起訴状公訴事実第一、第二)、すなわち「被告人Bは、全販連東京支所に畜産部養鶏課長として勤務し、同支所の行う鶏の雛及び動物用医薬品の販売等の業務を担当し、その一環としてマレック病ワクチンの販売及び右販売代金の一部をいわゆる簿外資金として管理・運用する等の業務に従事していたものであり、被告人Aは、全販連養鶏部長をしていたものであるが、被告人両名は、共謀のうえ、(一)昭和四六年一二月二九日ころ、被告人Bにおいて同支所のため業務上預り保管中の右簿外資金のうちから、現金一七〇万円を、埼玉県所沢市内において、被告人Aの用途に供する目的で、ほしいままに着服して横領し、(二)昭和四七年一月二六日ころ、被告人Bにおいて同支所のため業務上預り保管中の右簿外資金のうちから、現金三〇万四、一六四円を、神奈川県足柄下郡箱根町内において、自己らの用途に供する目的で、ほしいままに着服して横領した。」との各事実については、いずれも犯罪の証明がないことは先に判断したとおりであるから、刑訴法三三六条後段により、被告人Aに対し右各公訴事実につき無罪の言渡しをすることとし、主文五項のとおり、被告人Bに対し無罪の言渡しをすることとし、主文六項のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新関雅夫 裁判官 坂本武志 下村幸雄)

〈以下省略〉

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